アタマの中と世界を結ぶ 東山とっとりとりとめない記録鳥

人生五十年下天の内を比ぶれば、残り七年強。

「動物、避けがたい謎ー相似により、われわれと対立する」 ポール・ヴァレリー

人間と動物のあいだには、なぜこうした相互理解が存在するのか?このことは、いかなる人間関係にもまして、奇跡的で、貴重なもののように思われるのである。が、同時に、これほど簡単なものもない。犬とすれちがう。ひとこと言葉をかけてやるか、そっとなで…

tracks

His love left no tracks,save for the kind that never go away - for her and any who would follow.

人間は日付よりも動作や笑い声を鮮明に記憶しているものです

人間は日付よりも動作や笑い声を鮮明に記憶しているものです (ドゥルーズ『記号と事件』「物を切り裂き、言葉を切り裂く Ⅲミシェル・フーコー」p169冒頭) 晩年のドゥルーズが、フーコーとの出会いを振り返りインタビューに答えて。 ところで、 ほんとうに…

一歩一歩すべてが危険から遠ざかるのに必要なのだ

わたしは若いころから写真を撮るのが嫌いで、どこかへ出かけたときには特にそうだった。そして、ほんの十年ほど前までずっとそんなことを考えたこともなかったわけだが、自分の人生の経験から掴んだ「時間」というものの姿は、いつもくりかえしいやというほ…

ダントツによい西脇順三郎訳「バーント・ノートン」

「神の御言葉は、 人々に共通なものであるのに 人々は各々自分だけの考えで生きている」 「上がる道も下る道も同一である」 ―ヘーラクレイトス バーント・ノートン Ⅰ 現在と過去の時が おそらく、ともに未来にも存在するなら 未来は過去の時の中に含まれる。…

現代社会の矛盾と絶望(『セロトニン』の帯より)

幸福な人間が安心した気持ちでいられるのは、ただ不幸な人々が黙ってその重荷を担ってくれているからであり、この沈黙なしには、幸福はあり得ないからにすぎないのです。これは社会全体の催眠術じゃありませんか。(アントン・チェーホフ「ともしび」より) …

むなしくすごした悲しい時の/先に後に延々と横たわるあほらしさ

現在の時過去の時は おそらく共に未来の時の中に存在し 未来の時はまた過去の時の中にあるのだ。 時がことごとく不断に存在するものならば 時はことごとく贖いえないものとなる。 かくもあったろう、とは抽象で どこまでも可能性の止まるというのは 思索の世…

足音は…わたしたちの通らなかった廊下を/わたしたちの開かなかった扉の方へと向かい

τοῦ λόγου δὲ ἐόντος ξυνοῦ ζώουσιν οἱ πολλοί ὡς ἰδίαν ἔχοντες φρόνησιν I. p. 77. Fr. 2. "Although logos is common to all, most people live as if they had a wisdom of their own." 理(ことわり)〔ロゴス〕こそ遍(あまね)きものというのに、多く…

さいごの孤独なたたかいに向けて

『すばる』7月号で、特集「教育が変わる、教育を変える」が組まれ、そこで「高校国語」が大幅に変更され、「文学」を全く扱わなくなる方針の高校の教育課程改革について、作家、研究者がインタビュー・対談・論考で自説を述べあっている。そのなかから、前田…

四元康佑「トルコ・ハルフェティで連詩を巻く」感想

そこで僕は(連詩のルールについて:注引用者)次のようなことを話した。 連詩には連歌のような細かいルールはないが、その精神は受け継いでいる。一言でいえば我を張らず、相手に合わせるということだ。いかに前の人の詩を深く受け止め、次の人へ思いやりを…

『セロトニン』読みながら

ミシェル・ウェルベック『ショーペンハウアーとともに』(3) 世界には努力ではいかんともしがたいクラスの差や国籍の差があり、ウェルベックを読むたびうんざりさせられる。『プラットフォーム』に続き、『セロトニン』を読みながら。 精神の力に身を委ね…

ほとんど天才という言葉を使ったことのないグールドがリヒテルだけには…

「幻覚」には別の意味もあります。つまり、ベートーヴェンの弾くベート―ヴェンやモーツァルトの弾くモーツァルトの再現などできようはずもないのだから、演奏はあくまで幻覚だ、という意味です。そもそも再現などできたら音楽生活はずいぶん退屈なものになっ…

毎日新聞 書評メモ つづき

数百万人以上の犠牲を出した独ソ戦はなぜ始められたのか。藻谷浩介の書評から。 …そもそもヒトラーには、旧ソ連の住民を死に追いやってドイツ人植民者に食糧を生産させるとの、恐るべき妄想があった(世界観戦争)。だが著者はそれとは別に、ドイツ軍の指導…

説得を妨げる確証バイアス 『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』書評

15年のアメリカ共和党候補者討論会で、ドナルド・トランプが当時の有力候補で小児科医のベン・カーソンに「自閉症はMMRワクチン接種のせい」と発言し、その場面を視聴していた科学者である著者(ターリ・シャーロット)でさえ一瞬パニックになり、聴衆にと…

愚かさについて(3) 

賢者は、自分がつねに愚者になり果てる寸前であることを肝に銘じている。 オルテガ・イ・ガセット 鷲田清一『濃霧の中の方向感覚』「「摩擦」の意味―知性的であるということについて」では、ひと(政治、社会)が陥りがちな性向について指摘する。 周囲を見…

小プリニウス書簡集 文人生活の賛美

小プリニウスは、時間があれば、別荘に赴き、余暇の時間を楽しんでいる。ティフェルムヌ・ティベリヌムの別荘―小プリニウスは、「トゥスキ(トスカーナ)の別荘」と呼んでいる―での夏の日の一日を友人に報告した書簡(第九巻三六)が残っているが、それによ…

「至高性」

バタイユは、〈消費〉の観念の徹底化として、「至高性 la souveraineté」というコンセプトに到達する。至高性とは、〈あらゆる効用と有用性の彼方にある自由の領域〉であり、「他の何ものの手段でもなく、それ自体として直接に充溢であり歓びであるような領…

Wachet auf, ruft uns dieStimme ( Johann Sebastian Bach Kantate BWV 140)

バッハが聴ける、いや、バッハが楽しめるということが、どんなにかけがえのない幸福であるか。お節介な言い方で大変恐縮であるが、音楽が好きだったら、バッハに心から没入できるようになったほうがよい。いや、私は、むしろゲーテを真似て、「バッハの味を…

愚かさについて(2)

知性はいかに愚行と共謀するか。この問題を真剣に考えていたのは、両大戦下のウィーンに生きたロベルト・ムージルである。彼は『特性のない男』のなかで書いている。 「もし愚かさが、内側から見て、買いかぶられる才能に似ているのでなければ、もし愚かさの…

言葉の魂

One time when we were walking along the river we saw a newsvendor’s sign which announced that German government accused the British government of instigating a recent attempt to assassinate Hitler with a bomb. This was in the autumn of 193…

La Bêtise, C'est d'être surpris.

「愚かしさとは、つまり、不意打ちを喰うということである。」 ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』

感情教育(「想像力」について2)

―Kちゃんは暢気坊主でありながら、片方では取越苦労で、いつもなにか悪いことが自分や家族に起こるのじゃないかと、気に病みながら生きているという気がするよ。そしてこれまでのところ、実際に起こったのは、惧れていた悪いことより耐えやすい、むしろなん…

これこのようにあのひとは想像力を無限の細部に誘いこむ

こんな経験は誰にでもあるだろう。誰かを好きになり、もうその相手にばかり心が向かっているときには、ほとんどあらゆる本のなかに、当の相手の姿が浮かびあがってくるのだ。実際、その人物は主役としても敵役としても登場する。物語のなかで、長編小説、短…

それはあまりに人間的な…

世のひとは、あまりにもどうでもよいことにムキになり、それがさも重大事であるかのように騒ぎ立て、挙句の果てにそれがじぶん自身演技だったことも忘れ、ノリで乗っていたことを忘れ、本当はそもそも何が大事なことだったのかもわからなくなる。それが現代…

柄谷行人「丸山眞男の永久革命」より引用備忘『世界』1907号

…日本のファシズムを考察しようとした彼(=丸山眞男)の仕事は、つぎのようなフロイトの言葉に対応するものであったといえる。 マルクス主義のすぐれたところは、察しますに、歴史の理解の仕方とそれにもとづいた未来の予言にあるのではなく、人間の経済的…

ミシェル・ウェルベック『ショーペンハウアーとともに』(2)

人間にとって存在し、生み出されるあらゆるものは、直接的には人間の意識のなかに、また意識にとって存在し、生み出されているにすぎない。したがって、何よりも重要なのは、意識の性質なのであって、たいていの場合、すべては意識のうちに現れた様相にでは…

「雛の春」古井由吉

金曜日に例のごとくひと月遅れの『群像』、『新潮』、『文學界』、『すばる』七月号が県立図書館から届いたので早速目を通す。 『群像』はエッセイや書評は見るべきものなくスルー。西村賢太が藤澤清造の小説を紹介している「乳首を見る」と、松浦寿輝/沼野…

ミシェル・ウェルベック『ショーペンハウアーとともに』(1)

一般に、あらゆる時代の賢人たちは常に同じことを語ってきたし、あらゆる時代の愚者たちは、つまり圧倒的大多数は常に同じことを、つまり、賢者たちの言ったことと反対のことを行ってきた。それは今後も変わらないだろう。だからこそ、ヴォルテールは述べた…

「天皇と国家」先崎彰容(2)

なにを基準に世界を色分けし、選択すればよいのか。意外なほど自己判断には迷いがつきものである。情報であれ、流行であれ、結局は他人に左右されながら、僕らは自分で判断したつもりになっている―「彼は自分自身の重心を持っておらず、具体的な経験や自己の…

天皇と人間 先崎彰容(1) 

ベンヤミンは法のもつ虚偽を暴くこと、これを「純粋な暴力」による革命と呼んでいる。善悪の基準、あるいは何が絶対的に正しいかは、あらかじめ決まっているわけではない。そういった秩序のがんじがらめから解放され、無政府的な状態を祝祭しつつ、生きるべ…