アタマの中と世界を結ぶ 東山とっとりとりとめない記録鳥

人生五十年下天の内を比ぶれば、残り七年強。

読書について

もしかしたら、私たちの少年時代の日々のなかで、生きずに過ごしてしまったと思い込んでいた日々、好きな本を読みながら過ごした日々ほど十全に生きた日はないのかもしれない。他の人たちにとってはそれらの日々を満たすように思えたものすべて、しかし私たちは神聖な楽しみへの卑俗な妨げとして斥けたものすべて、すなわち、もっとも興味深いくだりを読んでいる時に友達が私たちを誘いに来た遊び、ページから目を上げ、あるいは場所を変えることを余儀なくさせた、邪魔な蜜蜂や日光、持たされはしたものの手もつけず、ベンチの自分のそばに置き放しにしておいたおやつ、あるいはまた、頭上の青い空で太陽がようやく力を弱めるころ、そのために帰らなければならなかった夕食、その間、すんだらすぐ部屋へ上がって、途中でやめざるをえなかった章を読みおえようと、ひたすらそのことしか考えなかった夕食、それらすべては、読書にとって不愉快な邪魔以外のなにものでもないように思えたはずなのに、実は逆に読書が、とても甘美な思い出として私たちのなかに刻み込んでくれていたので、現在判断するところでは、その時愛をこめて読んでいたものよりはるかに貴重な思い出なので、今日なお私たちが昔の書物をひもとくことがあるとすれば、それはもはや、過ぎ去った日々から保存しておいた唯一の暦としてでしかなく、もはや存在しない住まいや池がそれらのページに映っているのが見えるのではないかという希望をもってなのだ。

マルセル・プルースト(保苅瑞穂訳)「読書について」より

 

 

2017年02月米子西高校「図書館報」 表紙に使用