アタマの中と世界を結ぶ 東山とっとりとりとめない記録鳥

人生五十年下天の内を比ぶれば、残り七年強。

愛することを永遠にやめれば弱みがなくなり、地球を支配できるだけの権力を手に入れることができる

 そんなある日、ひとりのセールスマンがアルベリヒの家を訪れた。愛することを永遠にやめれば弱みがなくなり、地球を支配できるだけの権力を手に入れることができる、というのである。黄金に輝く権力があれば女性などいくらでも寄ってきますよ、サービス品みたいなものです。女性そのものを求めるのは、はっきり言って損です。アルベリヒは契約を結ぶことにした。多和田葉子 「リヒャルト・ワーグナー通り」

 

 今はもうこの世に存在しない人たちが、閉店中にひそかに集まってきて、思い出話をしている。もうパスタで空腹を満たす必要もないし、ワインで喉を潤す必要もない。生きていた頃のことを思い出すことだけが彼らの仕事である。何事もなかったように思える日のことも思い出すことはできるのだろうか。落ち葉を踏みしめて歩いていたら、とめてある自動車の下にもぐりこんだ猫と目が合ったという以外にはこれといった事件はなかった秋の日のことでも五十年後に思い出すことができるのだろうか。それとも震撼させられたオペラの舞台のことばかり覚えていて、日常の記憶は消えているんだろうか。多和田葉子 「リヒャルト・ワーグナー通り」