2019-10-01から1ヶ月間の記事一覧
わたしは若いころから写真を撮るのが嫌いで、どこかへ出かけたときには特にそうだった。そして、ほんの十年ほど前までずっとそんなことを考えたこともなかったわけだが、自分の人生の経験から掴んだ「時間」というものの姿は、いつもくりかえしいやというほ…
「神の御言葉は、 人々に共通なものであるのに 人々は各々自分だけの考えで生きている」 「上がる道も下る道も同一である」 ―ヘーラクレイトス バーント・ノートン Ⅰ 現在と過去の時が おそらく、ともに未来にも存在するなら 未来は過去の時の中に含まれる。…
幸福な人間が安心した気持ちでいられるのは、ただ不幸な人々が黙ってその重荷を担ってくれているからであり、この沈黙なしには、幸福はあり得ないからにすぎないのです。これは社会全体の催眠術じゃありませんか。(アントン・チェーホフ「ともしび」より) …
現在の時過去の時は おそらく共に未来の時の中に存在し 未来の時はまた過去の時の中にあるのだ。 時がことごとく不断に存在するものならば 時はことごとく贖いえないものとなる。 かくもあったろう、とは抽象で どこまでも可能性の止まるというのは 思索の世…
τοῦ λόγου δὲ ἐόντος ξυνοῦ ζώουσιν οἱ πολλοί ὡς ἰδίαν ἔχοντες φρόνησιν I. p. 77. Fr. 2. "Although logos is common to all, most people live as if they had a wisdom of their own." 理(ことわり)〔ロゴス〕こそ遍(あまね)きものというのに、多く…
『すばる』7月号で、特集「教育が変わる、教育を変える」が組まれ、そこで「高校国語」が大幅に変更され、「文学」を全く扱わなくなる方針の高校の教育課程改革について、作家、研究者がインタビュー・対談・論考で自説を述べあっている。そのなかから、前田…