アタマの中と世界を結ぶ 東山とっとりとりとめない記録鳥

人生五十年下天の内を比ぶれば、残り七年強。

毎日新聞 書評メモ つづき

 数百万人以上の犠牲を出した独ソ戦はなぜ始められたのか。藻谷浩介の書評から。

…そもそもヒトラーには、旧ソ連の住民を死に追いやってドイツ人植民者に食糧を生産させるとの、恐るべき妄想があった(世界観戦争)。だが著者はそれとは別に、ドイツ軍の指導部にも、旧ソ連の資源、食料、労働力を根こそぎ収奪するという、冷酷な戦争目的があったことを指摘する(収奪戦争)。無理を重ねて軍備を増強したツケで、ドイツは深刻な物資と労働力の不足に見舞われていたのだ。だからこそ旧ソ連側も死を賭して反撃し、勝てば残虐な報復に出た。

 だが元をたどれば、そのような軍備増強自体、「他民族から収奪しなければドイツ人は生存していけない」という、ヒトラードイツ国民が共有した妄想に基づいていた。無用の妄想から生まれた無用の軍備が、無用の戦争を生み、無用の消耗を生んで、さらに無用の収奪を生むという悪循環は、程度は違えど日中戦争にもあるだろう。皮肉にも敗戦で妄想を捨てたからこそ、ドイツと日本は、戦後に空前の経済的繁栄を遂げたのである。(藻谷浩介「毎日新聞」書評、大木毅『独ソ戦』(岩波新書)、「無用の軍備が招いた悪循環」より)

  妄想の相乗効果で途方もない帰結が惹き起こされる。現在の日本の国防問題はどのような動機に牽引されて議論され、軍備増強を目指しているのか。第二次大戦期のような、妄想とはいえ理屈の通った、少なくとも多くの国民にリアルに感じられるほどの根拠もないのではないか。

 さらに、「この3冊」大西康之・選「カルロス・ゴーン」から。

 なぜ日産には「絶対的権力者」と呼ばれるような人物(カルロス・ゴーンや塩路一郎)が現れるのか。ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』を引きながら。

…人間が「カリスマ」を生んでしまうのは現在の人類と同じホモ・サピエンスが身につけた認知的能力に由来するらしい。我らホモ・サピエンスは神話や守護神といった虚構を生み出し、共通の虚構を信じることで何百人、何千人という規模の協力を可能にした。

 虚構による協力でホモ・サピエンスは繁栄したが、幸福になったかどうかは別問題。…(毎日新聞・書評「この3冊」大西康之・選「カルロス・ゴーン」より)

  ニーチェの云う「人間の生存に不可欠の誤謬としての真理」の類か。それらが大規模に複雑に作動して、現代世界の錯綜した様相を形づくっている。いつの時代も個人はその中で、流れに迎合するか、さもなければ翻弄され廃棄されるか、で、「救いの天使」も、すべてが終わってから地上に舞い降りて、これらの人びとがただ無意味に廃棄された事実だけを歴史に書き込むだけ。