アタマの中と世界を結ぶ 東山とっとりとりとめない記録鳥

人生五十年下天の内を比ぶれば、残り七年強。

矛盾がないというのは感情の満足ですね。岡潔

 最近、感情的にはどうしても矛盾するとしか思えない二つの命題をともに仮定しても、それが矛盾しないという証明が出たのです。だからそういう実例をもったわけなんですね。それはどういうことかというと、数学の体系に矛盾がないというためには、まず知的に矛盾がないということを証明し、しかしそれだけでは足りない、銘々の数学者がみなその結果に満足できるという感情的な同意を表示しなければ、数学だとはいえないということがはじめてわかったのです。じっさい考えてみれば、矛盾がないというのは感情の満足ですね。人には知情意と感覚がありますけれども、感覚はしばらく省いておいて、心が納得するためには、情が承知しなければなりませんね。だから、その意味で、知とか意とかがどう主張したって、その主張に折れたって、情が同調しなかったら、人はほんとうにそうだとは思えませんね。そういう意味で私は情が中心だといったのです。そのことは、数学のような知性のもっとも端的なものについてだっていえることで、矛盾がないというのは、矛盾がないと感ずることですね。感情なのです。そしてその感情に満足をあたえるためには、知性がどんなにこの二つの仮定には矛盾がないのだと説いて聞かしたって無力なんです。(『人間の建設』岡潔×小林秀雄p39,40)

無矛盾性と感情との関係について

「納得できる」というのはどういう状態のことなのかという問題

この岡潔のいう「感情」はいったい誰のものなのかという疑問が湧いてきます。

その問いに対する解答へ至るためのヒント(になりそうな考え方)

…わたしの感覚は、わたしに知覚される風景との対応関係を集めた辞書のようなもので、その壮大な辞書に基づき、わたしは、わたしの感覚を自己判断する、かのように思えるのです。知覚された私の風景が原因となって、感覚・感情をもたらす時、逆に感覚・感情は原因を指し示す。これがその、対応関係の意味するところです。

 このことは、感覚・感情が、最終的なタグ(単なる札)となっていること、タグをもたらすまでの、わたしの様々な微妙な感覚も、最終的なタグの原因とみなされること、を意味します。おばあさんの方に歩いていくトレホを見て、あれ、何をするつもりなんだ、大丈夫か、危害を加えないよな、おや、まさか、逆にいい人だった、と続く心の細かな動きや、これに伴う動悸や安堵、それらが最終的に「安堵感・余裕」とタグづけされた時、逆に「安堵感・余裕」によって説明されるのは、そこに至る現象の全体、ということになるのです。(郡司ペギオ幸夫『天然知能』2サワロサボテン)

 

 これは「感情」の生成プロセスについての説明で、郡司の主張する一・五人称的知性以前の、主観的感覚に基礎づけられた一人称的意識が、三人称化されるプロセスの説明です。

 ただこれは、ここで岡がいう意味での「感情」ではない、というネガティブな例となっています。

 また、

 共鳴、親愛、納得、熱狂、うれしさ、驚嘆、ありがたさ、勇気、救い、融和、同類、不思議などと、いろいろの言葉を案じてみましたけど、どれも皆、気にいりません。重ねて、語彙の貧弱を、くるしく思ひます。(太宰治『風の便り』佐竹昭広「意味変化について」引用)

 太宰の云うこの名付けがたい「感情」、どのような語によっても表現し切れたという感じのしない「感情」と上の岡の云う「感情」とが関連している予感があるのですが、まだ十分に思考が展開されていません。

 

 これらが最近考えている「特異性」の問題と関連している予感がするのです。

                                    つづく

 

 

 

「実験的精神 小林秀雄×三木清 対談」昭和16年8月『文藝』掲載

小林 実証精神というのは、そういうものだと思うのだがね。何もある対象に向かって実証的方法を使うということが実証精神でないよ。自分が現に生きている立場、自分の特殊の立場が学問をやるとき先ず見えてなくちゃならぬ。俺は現にこういう特殊な立場に立っているんだということが学問の切掛けにならなければいけないのじゃないか。そういうふうな処が今の学者にないことが駄目なのだ。日本の今の現状というようなものをある方法で照明する。そうでないのだ。西洋人にはできないある経験を現に僕等してるわけだろう。そういう西洋人ができない経験、僕等でなければやれない経験をしているという、そういう実際の生活の切掛けから学問が起こらなければいけないのだよ。そういうものが土台になって学問が起こらなければいけない。そういうものを僕は実証主義的方法というのだよ。

三木 その通りだ。精神とか態度とかの問題だね。自分だけがぶつかっている特殊な問題がある。そういうものを究めてゆくことが学問だ。ところが学問というものは何かきまったものがあるように考えられている。それは大衆文学というものはそういうものでないかね。つまり何かある一つの気持ちなり、考え方なりにきまったものがあって、それを書いているのだね。

小林 うン、そう。

三木 ところが、純文学にはそういうきまったものがない。だから自分の仮説を実証してゆくことになる。

  パスカル『パンセ』や福沢諭吉文明論之概略』を褒め乍ら、当時の論壇、文壇を「独断」と批判する。

 特殊な状況にいる自分がぶつかっている問題に対する仮説を実証していこうとすることが、ほんとうの学問であり、純文学であるという、古臭いが至極まっとうな考え。

 自分自身の姿勢をつねにふりかえってみたい。

読者3人目達成記念!雑感。

積読が積み重なりすぎて困っております。

①なぜ私は一続きの私であるのか

ベルクソンドゥルーズ・精神病理

兼本浩祐

②天然知能

郡司ペギオ幸夫

フーコーの言説

慎改康之

はまず今週中に読んでしまわねば。

読者ができたのでまじめに更新していこうという思いも新たに…

 

つづき 青来有一「フェイクコメディ」『すばる』9月号(2018)p118

 もし退職するまでに、なにかこれからできることがあるとしたら、マロニエの樹をもう一度植えることぐらいかもしれない。地下の展示室の痛ましさに打ちひしがれた人々が、ああ、ほんとうにひどいことだったのだね、黒焦げのあの少年は熱かったろうね、と語り合い、高まった胸の鼓動をしずめるための、たっぷりと光をふくんだマロニエの木陰。ただ、もしも明るい木陰がよみがえっても、大風で倒れ、シロアリの被害のために伐採したマロニエの木陰とは、もうなにもかもちがう世界であることはどこかで伝えておきたい。もしも、キッシンジャー氏に花の下で会う機会があるなら、ひとたび失ったものはもうもどってはこない、マロニエのうすもも色の花が咲いても、この花はかつてここに咲いていたマロニエの、あの花でないことは、ぜひ話してみたいと思う。

 はじめの九本のマロニエを植えたときにももうすでに、世界はそれまでの世界とは違ってしまったのでしょう。レオ・シラードの脳裡に、爆発のアイデアが生まれたときからすでに。いやそれどころか、ただ道具がちがうだけで、もっともっとまえからもう、じっさいの爆発のあとの世界までずっと、変わることなく同じ世界が続いてきているだけなのかもしれない。いま流行りの「絶滅」時代の到来という視点からすると、それがいちばんふさわしい見方なのかもしれない。

青来有一「フェイクコメディ」『すばる』9月号(2018)p66~67

 今年二月十四日、フロリダ州パークランドのマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で、銃の乱射によって、十七人の高校生と教職員が亡くなった事件をまだおぼえている。高校生の呼びかけに全米では百万人近くのもの人が集まったともいわれる。ワッペンやバッジをいくつもつけたカーキ色のジャケットを着て、白いTシャツをのぞかせた、丸刈りの男の子のような女子高校生、破れたジーンズを穿いて壇上にあらわれたエマ・ゴンザレスのスピーチはテレビでなんどか見た。彼女は六分二十秒のあいだの短い銃撃によって命を奪われた友だちとの思い出を語っていった。もう二度とピアノの練習をしたくないとぐちをこぼすことを聞くこともない……、キャンプで友だちと冗談を言い合ってじゃれあうことはない……、そんなふうにかれらの名前をひとりひとり口にして、不意に沈黙した。彼女の頬には涙が流れて、その沈黙はひどく長かった。長すぎて会場はどよめきはじめた。なんだ、どうしたのだ……、人々がしびれを切らしはじめたころ、タイマーの小さな音が聞こえた。わたしがここに来て、六分二十秒が過ぎました。会場にはひときわ大きな拍手がひろがった。

 もしも、ナガサキ原子爆弾で亡くなった七万四千人もの人々の名前とその思い出を語るならどれだけ時間がかかるかわからない。ただ、それに続く沈黙は三秒で終わる。破壊は三秒で終わったのだから。原子爆弾が爆発して、放射線と熱線、衝撃波が街を破壊して、人々の命を奪うのは、一、二、三、と三つ数えるほどのあいだのできごとだった。もっとも炎がさらに一昼夜すべてを燃え尽くしていくのだが。

 

 トランプ大統領キッシンジャー国務長官ら、アメリカ政府高官の視点で見た原子爆弾核兵器)の意味、価値へと、想像力の触手を伸ばしてみる。

 アメリカ人と語り合ってみたい。

 被害者遺族としてではなく。