アタマの中と世界を結ぶ 東山とっとりとりとめない記録鳥

人生五十年下天の内を比ぶれば、残り七年強。

カルペンティエル『失われた足跡』2

同じ場所で同じ面々にかこまれ、同じ歌がくりかえし合唱されてわたしの誕生日が祝われていると、それが前年の誕生日とことなるのは、まったく同じ味のするケーキの上のろうそくが、一本ふえたことだけではないか、という考えにいつも責めたてられた。同じ石…

モノローグとダイアローグ

私見によれば、川端康成の文学における日本については、本来モノローグによる自己充足や解放を好まず、ダイアローグによってドラマを進展させたり飛躍させたりする谷崎潤一郎の文学と較べてみると、少なくとも一つのことははっきりするように思う。それは、…

連続する問題 からの着想

だから、人々がじぶんの労働諸生産物を価値として相互に連関させるのは、これらの物象が、彼らにとって同等な種類の・人間的な・労働の単なる物象的外被として意義を持つからではない。その逆である。彼らは、彼らの相異なる種類の諸生産物を交換において価…

6月20日つづき 社会の運命

文明とは、何よりもまず、共存への意志である。人間は自分以外の人に対して意を用いない度合いに従って、それだけ未開であり、野蛮であるのだ。野蛮とは分離への傾向である。だからこそあらゆる野蛮な時代は、人間が分散していた時代、分離し敵対し合う小集…

ミシェル・ウェルベック「ショーペンハウアーとともに」

「それでも、情報や広告の流れの外に一瞬身を置くことで、誰もが自分のうちに一種の冷たい革命を起こすことができる。じつに簡単なことだ。今日ほど、世界に対して美的な態度をとることが簡単だった時代はない。ただ一歩、脇へと歩み出せばよいのだ」。(ミ…

「ほんものの穀潰し」

自分から風土をぶちこわすようなやつこそ、ほんものの穀潰しというものだ ゴットフリート・ケラー『マルティン・ザランダー』 十九世紀の文学作品のなかで、私たちの生活を今にいたるまで規定している発展のみちすじはをはっきりと示しているのは、スイスの…

カルペンティエル『失われた足跡』1

…穀倉でもあり、泉でもあり、また通路でもあるこの河にあっては、人間の精神的葛藤など意味を持たず、個人的な逼迫など一顧だにされなかった。鉄道も街道も遠く離れていた。ここでは人は流れにのって、あるいはさからって航行していたが、いずれの場合にも、…

被知覚態、変様態、そして概念

旅、そして「動きすぎてはいけない」ヒント たとえ帰ってくるつもりでも、わたしたちが家から離れれば、大リトルネロが湧きあがる。というのも、わたしたちがいつか帰るとき、それがわたしたちだとわかる者は、もはや誰もいなくなっているからだ。(『哲学と…

意味のない無意味 メモ

旅行というのは何かしゃべりに出かけて行って、戻ってみれば今度はこっちでまたしゃべるといった、そんなものです。行ったきり戻ってこないとか、向こうで小屋でも作るなら別ですが。だから私としては旅行には向かないし、生成変化を乱したくなければ、動き…

非常に多くの示唆に富む「身体の多重性」 中井久夫集8『統合失調症とトラウマ』所収

中井久夫は人間の身体を「重層体としての身体」(p169)として、28の視点から規定しているが、さいごには「まだまだあるぞと言われそうです」とさらに多層的に人間の身体を見ることができるということを示唆しています。 その中の「社会的身体」につい…

備忘 「統合失調症」についての個人的コメント 中井久夫集8『統合失調症とトラウマ』

p71 楽観主義的な医師の患者のほうが悲観主義的な医師の患者よりも治療率が高いとあったと記憶している。 p72 患者の過敏さ、傷つきやすさはつとに知られているのに、そのことをどれだけ過小評価してきただろうか。残っているのは外傷症状だけというケ…

メモ 斎藤環「広がり、根付くオープンダイアローグ」(1903現代思想)

そもそも日本においてのオープンダイアローグの受け取られ方は、世界的に見てもかなり特異なのです。いまのところ世界的な動向としては、関心を持つ人のかなりの部分がヨガなどの代替医療やニューエイジ系に関心のある方たちです。日本では例外的にアカデミ…

日本の霊の警告 芥川龍之介「神神の微笑」

この点(日本文化の「変えられなさ」)に関して、私は、社会科学、思想史、心理学などの本をたくさん読んできましたが、芥川の短編小説以上に洞察力を持ったものに出会いませんでした。この作品は「霊」が登場するような物語だからといって、片づけてはなり…

言語資本主義linguistic capitalism に加えて

これすごいです。必読書。でも、難しかった… 新記号論 脳とメディアが出会うとき (ゲンロン叢書) 作者: 石田英敬,東浩紀 出版社/メーカー: ゲンロン 発売日: 2019/03/04 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る ぼくたちは一日にどのくらい語を検索し…

三島由紀夫は「自裁死」で何を訴えたのか 保坂正康

もはや有意義なことはなし得ないという段階におのれの人生が達したとき、あるいは死を賭して参画するほかない当面の行動以上に有意義なものを自分の将来において展望し得ないというとき、人間は自死を遂行しなければならないのだ。そう身構えなければ、『生…

プルーストとイカ

メアリアン・ウルフ『プルーストとイカ』冒頭 読書の神髄は、孤独のただなかにあってもコミュニケーションを実らせることのできる奇跡にあると思う。 ―マルセル・プルースト

思弁的実在論から ―ひとつの「小説」論― 引用

いかなるものであれ、しかじかに存在し、しかじかに存在し続け、別様にならない理由はない。世界の事物についても、世界の諸法則についてもそうである。まったく実在的に、すべては崩壊し得る。木々も星々も、星々も諸法則も、自然法則も論理法則も、である…

危機の時代と「言葉の病」

……日本語、日本の社会の勉強にはもっと(ドイツより)時間がかかるでしょう。時間がかかるということは価値があるということで、私は文化学習そのものが人生の内容になってしまっていいと思うんです。異文化に接近するというのは難しい。異文化をそのまま受…

大澤真幸『社会学史』からの孫引き

人がある状況を現実と定義すると、その状況はその結果として現実となる。 (ドロシー・スウェイン・トマス『アメリカの子ども』より) その効果に知らぬまま巻き込まれた多くの人たちは、ますます現状の肯定を繰り返し強化し、自分の不幸を倍加してしまうか…

ボルヘス、オラル

九世紀の詩を読み返した時に、その詩を作った人と同じような気持ちになれさえしたらそれでいいのだ。その瞬間、九世紀の名も知れない詩人がわたしのなかに蘇るのである。もちろん、わたしはすでに死んでいるその詩人ではないが。われわれ一人ひとりは、なん…

「懐かしい年への手紙」読解

小説を結末まで読み切り、またすぐさまもう一度冒頭にもどって、そこから起こった事柄のいちいちに、ああそういう意味だったのか、とか、あああの出来事とそうつながっていたのか、と全体を見渡すことができる視点からもう一度読んでいく。それと同じように…

カール・クラウスの言葉に思う

言葉にしゃべらされている人たちが、圧倒的多数でこの社会を構成していて、どんなローカルな場所にでも、それぞれ紋切り型の常套句を交わしあい、安心感を得て、わが麗しの故郷と安寧な生活に満足している。しかしその安心感は、実際にはどんな安全も保障し…

読書について

もしかしたら、私たちの少年時代の日々のなかで、生きずに過ごしてしまったと思い込んでいた日々、好きな本を読みながら過ごした日々ほど十全に生きた日はないのかもしれない。他の人たちにとってはそれらの日々を満たすように思えたものすべて、しかし私た…

友情について

とはいえ、楽園で一日をすごすこの楽しみのために、社交場の楽しみのみならず友情の楽しみまで犠牲にしたとしても、あながち私の間違いとは断定できない。自分のために生きることのできる人間は―たしかにそんなことができるのは芸術家であり、ずいぶん前から…

俯瞰について 雑感めも

空間的な俯瞰というものは、地図やグーグルマップを使ったり、動画で太陽系の大きさとか、銀河の広さを体感させるような映像を見ることができるので、割と把握しやすい。だれでもがイメージ化できる、とまではいわないが、これは、空間を空間的イメージに置…

「コルヴィッツ通り」多和田葉子

・・・子供は親のすべての表情、仕草、言葉を最終的には解釈できないままに記憶し、夜空のように肩に背負って歩いていく。 たしかにそうだと思う。 自らある程度年をとってからちりばめられた星と星をつなぐように記憶の断片をつないで、柄杓や熊のかたちを…

「敷衍について」武田泰淳『すばる』1903号

私の友人で今度戦犯になった人がある。… 僕は金がなくなるとよく公園に入る。… …僕は上海市民とその運命を俱にしているような顔をしてベンチの一隅を占領してはいるが、あたかも二つ穴を持った(注:日本と中国のこと)狐の如く狡猾に身をかわし、姿をくらま…

社会の価値観とともに歩めない人

「人々は生きるためにこの都会にあつまってくるらしい。しかし僕は、むしろここではみんな死んでゆくとしか思えない」(R・M・リルケ『マルテの手記』より) 「粗野な魂の持ち主は、世のなかを駈けまわってそこに楽しみを見出すことができる。しかし繊細な魂…

フランス「バカロレア」哲学教育の必要性 「単なる社会の歯車としての人間」に抗して

折々のことば:1409 鷲田清一 「自分の権利を擁護することは、自分の利益を擁護することだろうか?」「自分自身の文化から自由になれるだろうか?」(フランスの大学入学資格試験問題) フランスの知人に、貴国ではなぜ高校で哲学教育を重視するのかと質…

『社会学を学ぶ』つづき ル・ボン

ギュスターヴ・ル・ボンは、群衆の台頭する時代を破壊と混乱の相で見ていた(『群集心理』)。ル・ボンは、群衆のなかに、個人の心理や判断力を超えた一つの集団的な心理の成立を見る。ル・ボンによれば、この群衆の心理は、衝動的で興奮しやすいこと、暗示…